
「人間万事塞翁が馬」。
私はこの言葉を座右の銘にしています。こう話すと、物事に動じない達観した姿勢の表れだと思われることがあります。しかし実際には、この言葉は迷いのない人のための格言というより、判断に悩み、行き詰まりを感じたときに立ち返るための指針のような存在です。
この言葉は、中国の故事に由来し、幸福と不幸は簡単に入れ替わり、目の前の出来事だけで物事の価値を判断することはできない、という意味を持っています。理屈として理解するのは容易ですが、現実の中で実践するのは簡単ではありません。失敗すれば落ち込み、思い通りに進めば喜ぶ。それが人間の自然な姿だと思います。
教育や研究、あるいは技術開発の現場に関わっていると、この言葉の意味を実感する場面が多くあります。入念に準備した計画が思うように進まなかったり、予期せぬ制約によって方向転換を余儀なくされたりすることもあります。一方で、当初は想定していなかった試みが、後になって重要な成果につながることもあります。
ICTを活用した取り組みでも同様です。新しい技術は可能性を広げる一方で、不安や混乱を生み出します。導入がうまくいかなかった経験は、当初は失敗のように感じられますが、その過程で得られた知見や反省が、次の改善や新たな発想につながることは少なくありません。結果だけを見ればマイナスに見える出来事も、時間を置いて振り返ると、必要な経験だったと感じることがあります。
「人間万事塞翁が馬」という言葉は、物事を楽観的に受け流すための言い訳ではありません。むしろ、目の前の出来事に過度に振り回されず、少し長い時間軸で状況を捉える姿勢を促してくれます。評価を急がず、結論を保留したまま次の行動を考える。その冷静さこそが、この言葉の本質だと感じています。
変化の多い現在は、未来を完全に見通すことは誰にもできません。だからこそ、今起きている出来事を即座に成功や失敗と決めつけず、学びとして受け止める視点が重要になります。この言葉を座右の銘にしているのは、そのことを自分自身に何度も言い聞かせるためでもあります。
今日の出来事が、明日の意味を決めるとは限りません。そう考えるだけで、気持ちに少し余裕が生まれます。そしてまた、次の挑戦に向き合うための静かな準備が整うのです。
人間万事塞翁が馬。この言葉は、前に進み続けるための、心の支えとなる存在なのかもしれません。


